さばみのIgA腎症との35年ノート

IgA腎症とともに生きて35年。いよいよ扁摘ステロイドパルス治療がはじまりました。

ちきりんブログを読んで考えた「病気を持ちながら働く」ということ

私は20年近く公的セクターで働いてきました。

大学卒業と同時に資格を取得し公的セクターに就職し、退職するまでずっと同じ場所で働いてきました。

とても安定した職場で、給料も保障されていますし、有給も取れますし、時間外・休日出勤手当もきちんと出ます。

ただスタッフ数がとても少ないのです。そして、時代の流れもあり、要請される業務量は増え、求められる質も年々高度になっていきました。でも、基本的に、スタッフ数は増えません。

そんなところで20年働いていました。

数年前、外来主治医から「10年後に透析になっている確率は60%」と言われたことがひとつのきっかけとなり、「ならば、好きなことを仕事にしよう。やりたい仕事をやろう。」と思い、さらに、腎生検・扁摘手術・1か月入院するステロイドパルス治療からもう逃げられなくなり、公的セクターに勤務しながらの治療は無理だなと、退職を決めました。

 

今日のちりきんブログ「chikirinの日記」は「武勇伝バイアスに気をつけよう」です。

d.hatena.ne.jp

ぜひ読んでみてください。

 

今日のちきりんブログを読んで、私も、武勇伝を無意識に振りまいていたかもしれないし、その武勇伝に自分が首を絞められることになっていたかもしれないと思ったのです。

公的セクターで働いていた頃の私は、入院して休むことになるのもイヤでした。ステロイド治療して自分をいたわりながら仕事をすることもイヤでした。

スタッフ数が少ないので、他のスタッフに迷惑がかかるのがイヤという気持ちももちろんあります。

でも、それよりも、今までバリバリと働いてどんな状況でも乗り越えてきた(と自負している)のだから、私はずっとそういう人でいないといけないという気持ちがありました。病気だって何も変わらず働ける私を求めていました。

もし万が一私が公的セクターを辞めずに現在の治療をしながら働き続けることになっていたら、多分、かなり無理をして今までと変わらないような仕事を目指していることでしょう。

それは、とても良くないことだと、今となればわかります。

自分の体云々ではなく、「難病を持ちながら、私は無理するし、バリバリ働くことができる。それが普通。」という武勇伝を振りまくことで、他に病気を持つ人たちがその人なりのペースで働こうとすることを躊躇させてしまう可能性が出てきます。

まだまだ色濃く残っている「無理する人=仕事を一生懸命する人=無理するのは当然」のようなモーレツサラリーマン24時間働けますか的な思想の蔓延の片棒を、全く不本意なのに、担いでしまうことになったかもしれません。

そして、何より、病気で仕事を休む人やゆっくりペースで仕事をしたい人を傷つけてしまうことだってあります。

 

IgA腎症は、わかりやすい症状が少なく、経過もゆっくりです。決して予後がよい病気ではないと言われ難病指定され完治しないとわかっていても、今でも、疲れて休んでいる時など、気持ちのどこかで「生き死にに関わらないのに、さぼろうとしているのではないか。」と考えてしまうこともあります。

病気は星の数以上にあって、病気にかかる人間はひとりひとり違っているのだから、みんな同じ状況になりっこないのです。生き死に関わらないから辛くないとか、痛くないならたいしたことないとか、画一的なことはひとつもないのだから、そこに囚われても意味がないはずです。これ、自分に言い聞かせてます。

 

今の仕事場には武勇伝がありません。というか、武勇伝があったとして、何の意味も持たないでしょう。そんな仕事場です。

武勇伝の代わりに、IgA腎症のこと、治療のこと、現在の体調のこと、生活のこと、その他病気にまつわるエトセトラについて、スタッフみんなと話します。

辛いときはみんなに言います。休みます。早く帰ります。

(この間は、突然、心臓がドキドキして息苦しくなり「心臓止まったらどうしよう。」と心配したら「そんなに簡単には止まらんよ。」と言われながら、早退しました。)

わかりにくいIgA腎症だからこそ、身近な人たちにちゃんと言葉にして伝えていくことが何より大事だなと思います。

言わなくても分かるだろう。なんて幻想でしかないですからね。

幻想ついでに、バリバリ働いている自分でなくちゃいけないってのも幻想なんですけどね。

これもIgA腎症が気づかせてくれたこと。

 

スピードスケートの高木美帆さんは勝っても負けても考える人だそうです。レースが終わったあとの表情には嬉しさや喜びみたいなものが薄い。勝ってもすぐ考えてるからだそうです。

高木美帆さんとは全く次元は違いますが、いつも一緒にいるIgA腎症と考え続けながら毎日を過ごしていきます。